父と母と、着物と
- 秋山妙子
- 8月21日
- 読了時間: 3分
母の家に泊まり、父の家に行ってきました。
昔、父が植えたスモモが大豊作で、実の重さで枝が折れるほど。(そんなことある?)
大きな脚立、傘(枝を引っ掛けて引き寄せる)、虫取り網を使って、母と20キロ以上取った。

スモモの樹には虫がいないので、ただただ楽しかった。
少しの刺激で、ボトボト落ちる。コンクリートに落ちたスモモはピシッと裂け目が入った。土や草に落ちたものは無傷だった。
かじると柔らかなルビーみたいな赤で、歯応えはしっかり肉肉しくて、美味しい。
全く放置で何もしていないのに勝手に実った甘い果実が文字通り無料の取り放題。ちょっと変な気持ちになったりも、しました。

週末、家族がいる時だけ、父はお風呂に入る。
もうお湯のはりかたもわからなくなってしまって、何度教えても、できない。とても不思議だ。
緑内障で、視界もどんどん狭くなる。
写真は父の視界。

前は、頭から腰のあたりまで見えていたんだけど、今はかなり不自由だ。
不満を言わない父は、淡々と生活している。
普通にニュースの話題や昔話を会話する分にはとてもしっかりしているように見える。
私たちと食事するときは普通に食べているけど、父が1人で食事している様子を母が隠れて観察していたら、散らかった机で色々なものを触りながら、50分くらいかけて食べていたそうだ。
父が食べなくなってきたら、そのまま自然にさせたい。
「ちゃんと食べなきゃ駄目だよ!」って言わないようにしたいけど、できるかな。
・
母の家では着物の着方を教わった。3回目。

ちゃんとした人が見たら噴飯ものの着方だと思うけど、練習ということで見逃してください。
着物が好きでもなんでも無い状態で習っているので、この不合理極まる民族衣装に対して疑問の嵐。
立体的な体に平面的な布を巻きつけるという謎衣装。他の国の巻きつけ法式は上下に分かれているのに、着物は上半身と下半身を同時に巻き込む難易度。
素人には計り知れない細かい無数のルールがあり、着付けにこんなに手間と根性と時間がかかり、かつ正しく着ないと外出時に着崩れ、さらにそれを出先で気軽に修正できないというバクチのような一式。
これの何がそんなに良いのか、母にマジマジと聞いたら、
「色々な手数をかけて出来上がってきた布や帯や、親が作ってくれた着物を一番美しく見えるように丁寧に体に沿わせると、とても豊かで幸せな気持ちになるわよ、私は」
と言っていた。
私にそんな豊かさはまだ無くて、
「なぜ好んで不自由になるのか」
そこからなかなか視点が動けない。
(まあ少なくとも私の視点よりは自由なのだろう)
これを正しく着用の上、しゃがんだり腕を上げたりする日本舞踊は凄いなと思ってしまった。
どこまで遡って美意識をやり直したら、着物を好きになれるのだろう??
多分、着物を着る人には着物用の肌というか、着物と馴染む体になっていくような気がする。それは内側に向く力の流れというか。
そこに興味があるので、涼しくなったら家で浴衣で過ごしてみようかな。
サロンで、皆様のお話も、聞かせてね!
眠れない人は肌の鱗を整えにおいでませ。
ではでは、サロンでお会いしましょうー!
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