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執筆者の写真秋山妙子

お客様が亡くなるということ


大切なお客様の一人だったパラソルさんが亡くなった。86歳。

傘寿の傘という字から、ここではパラソルさんという名前を使っていました。

何度も通っていただきながら少しずつ打ち解けるうち、母、妻といった肩書きを脱いだ自由な感覚でお話ししてくれるようになり、子供時代の話などをたくさん伺った。

毎日することが無くて1日が長い、と言う。

なにをしたら楽しくて、時間が経つかしら。

魚を飼う、小鳥を飼う、フラを再開する、絵を描く、良い映画のDVDを買う、落語チャンネルのあるケーブルテレビを契約する、などなど、サロンに来る度に一緒に考えるようになった。

編み物が得意だとうかがったので、じゃ、私に靴下を編んでください!とお願いしたら、本当に素敵な靴下を編んで下さった。

こんなに可愛くて暖かいなら、サロンで売りましょうよ!と言ったら、30足くらい編んでくれた。完売して、SNSで繋がった方の足に、はまった。

正真正銘のお嬢様で、言葉使いも綺麗だったけど、ある大女優の話をしていた時、

「あの方は確かにお綺麗でございますけれども、演技のほうは少々大根のようでございます」

と言ったりした。毒舌も綺麗な言葉だと別の面白みがあって、なんだか感心した。2人で笑った。

私のスマホでアマゾンからDVDを買ってパラソルさんの家に届くようにしたり(直ちに届くので薄気味悪がっていた)、

一緒に上野の美術館に行って、帰りに向島に寄ってお寿司を食べたりした。

「先生の睫毛はまあ、なんてぱっちりして、どうしてそんなにお綺麗なんでしょう」

と私を覗き込んで言うので、「これはニセモノ!エクステですよ」と自慢したら、「何ですのそれは」と興味を持ってくれて、

私のサロンの突き当たりのまつ毛&ネイルのサロン、Lash Rose で、初エクステに挑み、

仕上がった帰り道、わざわざサロンに寄ってくれて、綺麗な爪を広げてから「いかがでしょうか」と睫毛をパチパチしてみせてくれた。

ふんわりしたプラチナプロンドに繊細なまつ毛が優雅にカールして、それだけでも素敵だったし、お恥ずかしいと言う割にぐっと顔を近づけて瞬きしてくれる様子が可愛かった。

昨日が通夜だった。黒い服を着て夜道を歩き、教会に行った。

放心気味のまま、フランキンセンスを焚いた香りに清められ、花の中の棺に横たわるパラソルさんを眺めた。

美しくて、でも、もう目を開けないお顔だった。

火曜日に美術館とお寿司に行きましょうか、という予定を延期したばかりだった。メールボックスの上から3番目にパラソルさんからのメールが残っている。

教会から黙って帰宅して、次の日は用事が無い限り、横になっていた。悲しいと一言で言いきれない打撃を身体が拒んで、扱いにくかった。

私は特定の宗教を持っていないので、いつもは空というか自然というか、上の方に広がる空間のようなものにお祈りするんですけど、

パラソルさんの神さまはキリストなので、そちらに向けてお祈りします。

本当にたくさん、色々な世界を教えて頂いて、ありがとうございました。

一緒に写真を撮っておけば良かった。

私くらいの距離の間柄でも、パラソルさんが居なくなった悲しみをぼんやりと持ったまま、いかにも何もなかったようなふりを身体に貼り付けて日常を送るのは、難儀なことだった。ご家族の方の辛さはいかばかりかと思います。

写真はパラソルさんの靴下を買って下さった方がわざわざ送ってきてくれたもの。

パラソルさんのご冥福を心よりお祈り致します。

おやすみなさい。


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