• 秋山妙子

縄文展レポート


人がこしらえたものというのはあまねく全て、その人の様子が顕れますが、

なぜ作るかという純度が高く、開けているほど、近寄る人の魂を叩き、

雑味や動機が複雑になるほど、時空を突き抜ける力が弱まっていく。

それをはっきり感じられる展示でした。

3000-4000年前の純度の高さは、世界でも群を抜いていて、

強さ、曲線、大きさ、リズム、深さ、抽象度、自我の有りようのバランスが完全な形で整っていたので、

それは直ちに私たちが持っている深部に届き、

土器を見つめる人たちの目つきが細かく共鳴しているのがわかった。

黒目が濡れて、瞬きが止まって、顎の力が抜けたまま、皆それぞれに作品を感じている様子に、以前は垢抜けないと評価されてた作品を感じる力がいつ私たちに育ったのかを不思議に感じました。

私は作品と同時に鑑賞者も見ているのですが、ここまでの高い共鳴はなかなか無いんです。

気持ちに雑味が入らず、体力の漲る前半に、最もインパクトのある時代を置く展示の流れも凄く良かった。

私達がくだらない思考で偏った意味を考え出さないうちに、作品が私たちを打ち、正しい感覚の位置に私たちを置いた、その手法は流石で、そういったことにも感動しました。

この土の作品の「何が」私たちを揺さぶるのか、これはひとり一人が向き合っても良いと思います。

まあそんなで、殆ど泣きそうに打たれた展示でした。

今日明日で行く方はどこかで前売りを買いませう!当日券の列が凄いです。

あー良かった。誘ってくださって、ありがとう!

リアルに力を注入してくる作品は、凄いな。全力で守るべき。また、神さまに守られて来たのでしょう。

今日も良い日に!