• 秋山妙子

開いて、新しい場所に立つこと


昨日、本郷幸子さんが主催する「音語り」に行ってきました。

先日投稿した、公開練習の本番です。

5人での弦楽器演奏は村上さんが何度も学生3人に合図を送っていて、

それの合図の殆どは「いいよ、そのまま、もっと強く」「もっと出て、もっと前へ」という親鳥のような語りかけで、学生は信頼に包まれて安心しきって自分の枠を開き、無心に輝き、演奏の場は光の巣になっていた。

私に本を送って下さった、大好きな学者さんが1人でいらしていた。私の席から彼女の横顔がよく見えた。

彼女は一番前に座り、村上さんのヴィオラが始まると少しうつむき、愛しい人の静かな打ち明け話を聞く修道女のような様子で聞いていた。

彼女が村上さんの演奏をただ受け止めていた絵画のような構図は、私の深いところに象徴的に作用して、今も変に忘れられません。

演奏が終わると彼女はゆっくり、手の甲で頬や顎を触っていた。

(わかる。私も泣きました)

村上さんも、幸子さんも、演奏中は完全に開いていた。

自分を守ることに注意を払わなくなって、その世界だけに没頭できる状態は、多分ゾーンに入るのと似ていて、

それはもう寝ていてもそれができるくらい、努力を重ねた人だけが行ける集中力の果てで、

そこを越えると一気に開いていく感じがします。

自分で自分をあけていくことは、なかなかできないことで、

ひらけた自分に何が入ってくるのかなんてわからないから、普通の人は閉じたままでいたい。私もそこからあまり先に進んでいない。

世界と自分を信頼して、恐怖に胸を開いて、新しい世界に身を投じることができた人だけが体験できる場所だと思うけど、

そこに行きたいと思いつつ。

私の努力の方向は合っているのかな。。。。

などと、ずっと考えざるを得ない、そんな素晴らしい会でした。

幸子さん、ありがとう!

ではでは、皆様も幸福に。

おやすみなさい。


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