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機嫌の良い人たち

執筆者の写真: 秋山妙子秋山妙子

先日何人かの異業種仲間で食事をしたのですが、全員ゆったりくつろぎ、好きな持論が大いに展開されていて、楽しい会でした。

什器制作、社労士、掃除、飲食、不動産。

個性も違えば生き方も違う、ひょんなことからひとつにされたこのメンバーは、なかなかの中間色メンツで、非常に安心していられるのです。

それはなぜかと考えるに、けっこう全員、人のことは「割とどうでも良いけど受け入れる」という放牧具合が絶妙で、

その人の理想や美学をゆったりと音楽を聴くように味わうという点で、

合いの手が上手いのですね。

だから話すほうも気持ち良い。

おしつけがましく話さないから、合いの手も入れやすい。

でもしみじみ思うのです。

全員が体をゆるめて楽しめているという場を作れるというのは、基本的で、大切なこと。

食事の席でも誰かにいきなり批判されたり、腹の中で馬鹿にされたり。

そんな体験を繰り返してきた人は、複数人数の前でくつろぎ切るというのはむつかしいかも知れません。

でも、もういいんです。大人ですから。

くつろぎましょう。くつろげる人を選びましょう。

くつろいじゃってもいい?って聞いてみましょう。

私の人生の基盤のひとつに「機嫌の良い人とだけ一緒にいる」というのがあります。

これは私及び私の周りのすべての人への、完全な感情の自律を夢見るものです。

気分を害したとき、落ちたとき、どうしようもないとき、いかに速やかに感情を修復でき、建て直せるか。

それはどんな時にも役に立ち、呼吸をしている限りまた立ち上がろうとするところまで自分を運び、

そこに幸せを付加できる力を持ち、

そしてこれは人生を左右する重要なことだと思っています。

そんな感じの宴でした。

私はこのような場所で安易な幸せアピールをすることは愚かなことだと考えているので、あまりこういう書き方を好まないのですが、

先日は自分がそのような中に居られることを、つくづく幸せに感じました。

くつろぎにいらしてください。

体を緩めに。

一緒に五感を開いて疲れない体を作りましょう。

では、また、明日。


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