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執筆者の写真秋山妙子

記憶の手足、記憶の爪

先月田舎の父の家に行ったとき、私は日が沈む頃に到着し、先に来ていた母(別居歴20年)と夕ご飯を作った。


「お父さんは先に食べちゃったから、妙子と私と二人分でいいからね」

と母が言い、わかったよ、と台所で野菜を切っていたら、父がゆっくり入って来た。


「お父さん、先に食べたんだってね、ヘルパーさんは何を作ってくれたの」

「私はなにも食べてないよ。妙子が来るのに先に食べたら、怒られちゃうからね」

と父が言う。


「あ、そうなの?じゃヘルパーさんは作っただけなのか」


納得して、次に入って来た母に

「お父さん、まだ食べてないんだって」

と言ったら、母がちょっとうんざりしたような声で

「食べたでしょうよ」

「いや、食べてない」

「私が、あなたに、冷やし中華を作ったじゃあないの」


私は

「食べても、お腹が空いているなら、また一緒に食べたらいいんじゃないの」

とさらっと言ったけど、内心胸をつかまれたように驚いた。


お父さん、さっき食べたものを忘れるようになったのか。


教科書を見るとページごと丸のまま、いくらでも暗記できた。麻雀は相手が捨てた牌を全部覚えてれば誰でも勝てるものだ、そう言っていた父の脳は、枝葉が全部落とされて、幹だけになってしまったみたいだ。


父は一方的に自分の話したいことを話すときは、縷々(るる)としていくらでも話せるけど、相手が介在して話す段になると、一気に困難になっていく。


何か月前かは

「わたしだって、野菜を切って味噌汁をつくるくらいはできる」

と断言していたのに、最近は違う。挑戦をあきらめるようになった。


「私にはわからないんだよ」「できない」と言うようになって、なんなら

「いや、それはやらない」「もうなんにもわからないんだから」

などと開き直ったりする。


そんなわけで、冷蔵庫にあるものも「わからない」、電子レンジの解凍の仕方が「わからない」、レトルトパウチの食品を今食べていいのか「わからない」、と、父のまわりは得体の知れない「わからない」で埋まって来た。


その割に大人でも緊張するような簡易はしごを、一抱えある洗濯かごを持って登り、天井裏の屋根裏部屋まで洗濯物を干しに行ったりする。


父の脳の中にはいろいろな島があって、すっかり沈没したり、忘れられてしまった島もあれば、まだ活動を続けている自治体がある島もある。それは天候や季節に、時間によっても活動が左右される。何か条件が重なったら、沈没した島が現れることがあるだろう。夕方になると父はちょっと怒りっぽくなったり、忘れっぽくなったりする。それは家族全員が肌で感じるようになった。赤ちゃんがぐずり、犬が鳴き、人が切なくなる時間。血糖値の問題もあるかも知れないし、もっと宇宙的な引力や植物の酸素の排出やエネルギー的な波も影響しているのかも知れない。広がったり、収縮したり、寄せたり、引いたり。


【私が、食べる】

主語と、動詞。これは一番簡単な文章。


私が、食べた。

私が、午後5時半に食べた。

私が、午後5時半に冷やし中華を食べた。

私が、午後5時半に妻が作った冷やし中華を食べた。

ここに無数の条件がついて、さらに過去のある地点に置かれて記憶される。


イオンの冷やし中華、具材、どこで、誰と、何をしながら。

他に、お皿や食器の使い方、食材ひとつひとつの認識、ここにいるのは誰、ここはどこ。


私たちはなんと多くの情報を、あまり頭の良くない私でもおびただしい数の情報を、水あめのように練って束ねて処理しながら生きているのか、父をみているとわかる。


今は週3回のヘルパーさん、週2回の見守り兼お弁当宅配、そして週一回の家族手伝いで、父の日常は進む。ヘルパーさんの追加を申請しているけど、圧倒的に人手が足りない。


母も何かあるたびに片道1時間の道のりを行く。夫婦しか知らぬ夫婦関係、父は母に対しては横柄なので、母は父とはどうしても一緒に暮らせない。

「あなたは月に1度しか来ないから」

と毎回父に言われるのが母は悔しい。


父になにかあったら。


家族が後ろめたさを感じながら、父の日常の異変にどう気づくかを話し合った。私は台所にウェブカメラをつけたらどうかと提案した。人の日常をどこまで把握して良いものか。弟②が冷蔵庫を開けるたびにメールが届き、一日開けない日はアラートが届く装置を提案し、それに決まった。弟がそっと設置してきた。


父は淡々と生活している。今の季節は畑仕事ができる。去年の夏は暑すぎて外に出られず、一気に弱ってしまった。今年はどうなるだろう。夏があまり暑くないといいな。最高気温30度くらいで、朝と夜は20度くらいにならないかな。


生活に工夫ができるのは気力があるうちだけなんだ。


父を見てきて、人生はずっと工夫次第でなんとかなると思っていたので、工夫の前に気力が必要だということを忘れていた。気力。生きる気力。


父のことはつい感情が先だって、言語化するのが遅くなる。


どこに着地しても着地点に満足できないかも知れないけど、家族で話し合いながら、私も生きていきたいと思います。


皆さんのお話も聞かせてね!





父の家の屋根裏にしまったまま忘れられていた、11月のさつまいもと、



それを家に持って帰って水につけてみた、6月のさつまいもです。

(土に植えてみようかな!)



6月に誕生日のある方、誕生日割引をどうぞ!


関西の予定


ヘッドスパ@大阪四ツ橋


6月15日(土)

7月19日(金)20日(土)

8月17日(土)


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6月

16(日)11時

17(月)11時、14時


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8月

18(日)11時、14時

19(月)11時、17時

です。


ではでは、サロンでお会いしましょうー!


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